2025-09

寺院

【広島の歴史巡り】可児才蔵を祀る才蔵寺の由緒と「ミソ地蔵」の物語

「笹の才蔵」の異名で知られる戦国武将、可児吉長(通称・可児才蔵-かに さいぞう)。関ヶ原の戦いで数々の武功を挙げた彼は、美濃(現在の岐阜県)や尾張(現在の愛知県)にゆかりの深い人物として知られています。しかし彼の最期の地は、「広島」でした。...
戦い

【厳島の戦いの真相】桂元澄が陶晴賢を騙した「偽の内応書」とは?

戦国時代の三大奇襲戦の一つに数えられる「厳島の戦い」。この戦いは、毛利元就が、中国地方の覇者であった大内氏の重臣・陶晴賢(すえ はるかた)を打ち破ったことで知られています。この劇的な勝利の裏側には、武力だけではない、巧妙な「情報戦」がありま...
人物伝

【毛利元就の孫】若き名将、毛利秀元の知られざる生涯

戦国時代の終盤、天下の行方を左右する激動の中で、一人の若き武将がいました。毛利元就の九男・穂井田元清の長男として生まれながら、一時期は毛利輝元の養子となり、家督を継ぐ可能性さえあった毛利秀元(もうり ひでもと)です。彼は関ヶ原の戦いでの不可...
人物伝

【毛利家を支えた3人の福原広俊】戦国から江戸まで、時代を繋いだ永代家老の系譜

戦国時代を代表する大名、毛利元就。彼が一代で中国地方を平定できたのは、一族や家臣の支えがあってこそでした。中でも、毛利家と血縁で結ばれ、代々にわたって重要な役割を担ったのが、福原氏です。「福原広俊(ふくばら ひろとし)」という名の人物は歴史...
人物伝

【毛利家の柱】福原貞俊が筆頭家老として貫いた三代への忠誠

戦国大名としての毛利氏が中国地方の覇者となる過程には、稀代の智将である毛利元就の存在が欠かせません。その元就の天才的な戦略を、盤石な組織体制と卓越した実務能力で支え続けた人物がいます。それが、毛利家譜代家臣団の筆頭、福原貞俊(ふくばら さだ...
人物伝

【毛利の末弟】若き名将・小早川秀包の知られざる武勇と「立花宗茂」との友情の真実

戦国の世に、毛利元就という偉大な武将がいました。その九男として生まれたのが、小早川秀包(こばやかわ ひでかね)です。兄である小早川隆景(こばやかわ たかかげ)の養子となり、立花宗茂(たちばな むねしげ)との深い友情で知られる名将でした。その...
人物伝

【謀聖vs謀神】尼子経久の栄光と、尼子氏の最期

戦国時代の中国地方を舞台に、熾烈な覇権争いを繰り広げた二人の智将がいました。一方は「謀聖(ぼうせい)」と称された尼子経久(あまご つねひさ)、もう一方は「謀神(ぼうしん)」と称された毛利元就(もうり もとなり)です。尼子経久は、一代で出雲国...
人物伝

【元就が終生愛した女性】毛利元就の正室・妙玖の生涯と「三子教訓状」に込められた想い

「謀神」と称され、中国地方の覇者となった毛利元就。彼の人生に深く影響を与えた一人の女性がいました。それが、元就の正室・妙玖(みょうきゅう)です。※妙玖は法名であり、本名はわかっていません妙玖は元就の妻として夫を支え、三人の息子たちを育て、毛...
戦国時代

【武家茶道】上田宗箇流:他流派と決定的に違う「武」の作法と精神性

茶道といえば、千利休を祖とする「三千家」(表千家・裏千家・武者小路千家)が一般に知られています。しかし、日本の茶道史にはもう一つの大きな流れ、「武家茶道(ぶけさどう)」が存在します。その中の一つが、現代まで広島の地で約400年にわたり受け継...
人物伝

【謀神と呼ばれる所以】毛利元就が駆使した三大謀略と「三本の矢」に込められた教え】

「戦国時代の知将」と聞いて、まず思い浮かぶ人物の一人に、毛利元就(もうり もとなり)が挙げられます。彼の異名である「謀神(ぼうしん)」は、単なる戦術家や武将とは一線を画す、その卓越した謀略と知略を称えたものです。元就は、巨大な勢力である尼子...