【毛利家臣団】毛利元就を支えた「毛利十八将」とは?

毛利十八将 人物伝

「謀神」と称され、一代で中国地方の覇者となった毛利元就

しかし、彼の成功は、優れた知略だけでは成し得ませんでした。

その背後には、命を懸けて毛利家に尽くした、忠実な家臣たちの存在がありました。

彼らの中でも、特に功績が大きかったとされるのが「毛利十八将(もうり じゅうはっしょう)」です。

彼らはそれぞれが優れた武将でありながら、元就の描く戦略を理解し、その実現に貢献しました。

この記事では、そんな彼らについてご紹介します。


「毛利十八将」とは?

「毛利十八将」とは、毛利元就の家臣団の中でも、特に重要な役割を果たした武将たちを指した通称です。

後世になって毛利家臣団を称え、座備図(ざそなえず)が作られました。

元就の弟である毛利隆元を筆頭に、吉川元春、小早川隆景といった「毛利両川」の重臣たちが名を連ねています。

彼らは、単なる武力に優れた猛将たちではありませんでした。

元就の知略を理解しその意図を汲み取って行動できる、優れた指揮官であり、外交官であり、そして行政官でもありました。


毛利十八将一覧

武将の数は11人から20人までの形式があり、描かれた絵図によって異なります。

主に以下の人物が描かれています。

  • 毛利隆元(もうり たかもと): 元就の嫡男。温厚な性格で、父の命を受けて毛利家の13代当主として内政を担いました。
  • 毛利輝元(もうり てるもと): 隆元の長男で、元就の孫。毛利家の14代当主となりました。
  • 吉川元春(きっかわ もとはる): 元就の次男。「鬼吉川」と称される猛将で、武勇に優れ、毛利家の武力の中核を担いました。
  • 小早川隆景(こばやかわ たかかげ): 元就の三男。「知将」として名高く、優れた外交手腕と水軍の指揮で毛利家を支えました。
  • 宍戸隆家(ししど たかいえ): 元就の娘婿。武勇に優れ、安芸国(現在の広島県)北部の豪族をまとめました。
  • 天野隆重(あまの たかしげ): 元就に仕え、特に武勇で知られました。各地の戦で活躍し、毛利家の勢力拡大に貢献しました。
  • 吉見正頼(よしみ まさより): 石見国の三本松城を本拠とした国人領主であり、吉見氏の当主。厳島の戦いの後、毛利家に仕えました。
  • 児玉就忠(こだま なりただ): 元就の家督相続直後から側近として活躍し、のちに五奉行の一員となりました。
  • 福原貞俊(ふくばら さだとし): 毛利家譜代の家臣。厳島の戦いや尼子氏との戦いで活躍しました。
  • 桂元澄(かつら もとずみ): 厳島の戦いで陶晴賢に偽の内応書を送り、厳島に陶軍を誘き寄せることで、勝利に貢献しました。
  • 志道広良(しじ ひろよし): 元就に古くから仕えた重臣。義に厚い人物として知られ、元就の信頼が厚かったとされます。
  • 口羽通良(くちば みちよし): 志道広良の子。智勇を兼ね備えた武将。尼子氏との戦いで活躍しました。
  • 国司元相(くにし もとすけ): 厳島の戦いで、毛利軍の勝利に貢献しました。
  • 粟屋元秀(あわや もとひで): 元就の父・弘元の代から付き従っています。元就が家督相続を争っている際、12代将軍・足利義晴の支持を取り付けることに成功しました。
  • 渡辺通(わたなべ とおる): 大内義隆が出雲遠征で大敗した際、殿軍を受け持つ元就を救いました。
  • 渡辺長(わたなべ はじめ): 渡辺通の子。父と同様に武勇に優れたとされています。
  • 熊谷信直(くまがい のぶなお): 安芸武田家臣でしたが、毛利家に寝返ります。娘が吉川元春に嫁いでからは一門衆として重用され、吉川軍の先鋒を務め各地の戦で活躍しました。
  • 赤川元保(あかがわ もとやす): 五奉行制度が始まると隆元の直属奉行人筆頭に任命され、隆元の側近として仕え、毛利家の中枢で活躍しました。
  • 粟屋元親(あわや もとちか): 戦で多くの武功を挙げた後、五奉行の一人として内政面を補佐しました。
  • 粟屋元真(あわや もとざね): 五奉行の一人。各地の戦いで活躍しました。
  • 飯田元親(いいだ もとちか): 元就の兄・興元の代から付き従っています。
  • 井上元兼(いのうえ もとかね): 元就の毛利家相続に尽力しました。

まとめ

毛利元就の「謀神」としての名声は、彼一人で築かれたものではありません。

その知略を理解し、実行に移した「毛利十八将」という忠実な家臣団の存在があったからこそ、毛利家は天下に並ぶ大名へと成長できたのです。

彼らの物語は、真に優れたリーダーの資質とは、権威で人を支配することではなく「深い信頼の絆を築く点にある」と教えています。
この揺るぎない信頼関係こそが、いかなる困難な試練であっても、皆で力を合わせ、乗り越えるための原動力となるのです。

※この記事に掲載している画像はイメージです。実際の団体、個人、建物、商品などとは異なる場合があります。


毛利元就のコメント
毛利元就のコメント

毛利家には、優秀な家臣団がいた。彼らの功績が正当に評価され、こうして語り継がれていることを嬉しく思う。
彼らの力なくして、毛利家の繁栄はありえなかっただろう。

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