【毛利元就の哲学】「謀多きは勝ち、少なきは負ける」の真意と孫子の兵法との深い関係

兵法書を読む毛利元就 人物伝

安芸の小豪族から中国地方全域を支配する大大名へと飛躍した戦国武将、毛利元就

彼の強さの根源は、徹底した知略と謀略にありました。

元就の哲学を象徴するのが、次の言葉です。

「謀(はかりごと)多きは勝ち、少なきは負ける」

これは、「騙し討ちが多い方が良い」という意味ではありません。

今回は、この言葉に秘められた真の教えと、中国の古典的な兵法書『孫子(そんし)』との深い関係を読み解きます。


「謀」が意味するもの

元就がいう「謀」とは、合戦の直前の戦術や小手先の計略だけを指しているわけではありません。

それは、戦いに臨む前のあらゆる「準備」と「戦略」を総合したものを意味します。

元就は「戦いの勝敗は、戦いが始まる前に決まっている」という戦術哲学を持っていました。

「謀多き」とは、つまり以下の要素を徹底的に準備することを指します。

  • 情報戦の勝利:敵の内部事情や地理、兵力配置を正確に把握する。
  • 調略(外交・内通):敵を味方につける、または敵内部を混乱させる工作。
  • 周到な戦略立案:複数の作戦を事前に用意し、あらゆる事態に対応できる準備。

対して「謀少なき」とは、準備不足や見通しの甘さ、場当たり的な行動を意味します。

これでは「戦わずして敗北が決まっている」というのが、元就の思想です。


孫子との違い:「算」と「謀」の教え

元就の「謀多きは勝ち」という言葉は、中国最古の兵法書である『孫子』の教えと極めて強い関連性があります。

『孫子』の「始計篇(しけいへん)」には、次の言葉があります。

「算多きは勝ち、算少なきは勝たず」

ここでいう「算(さん)」とは、「計算」を指します。

つまり『孫子』は、「戦いの前に勝つための計画や計算を十分に行い、より多くの勝つための条件が整っている者が勝利する」と説いています。

元就の「謀」は、『孫子』の「算」を、より具体的な「計略」「戦略」という形で昇華させたものと解釈できます。

孫子の教え毛利元就の教え
算多きは勝ち謀多きは勝ち
勝算を増やすことが重要事前の戦略、計略、準備が重要

毛利家と兵法:知恵の遺伝子

毛利元就がこれほど兵法、特に『孫子』の思想を重んじたのには、彼の家系が深く関わっています。

毛利家の祖先・大江氏の学者、大江匡房(おおえ の まさふさ)

彼は日本における兵法研究の大家であり、『闘戦経(とうせんきょう)』という日本最古の兵法書の一つを生み出した人物と伝えられています。

元就自身も幼少期から、儒学や兵法書(特に大江家に伝来したとされる『六韜三略』や『孫子』)を学んでいました。

元就は兵法書の教えを、戦国乱世という環境で実践し成果を出したのです。

彼の勝利は、「知識」を「現実の力」に変えることの重要性を示しています。


「謀」の究極の目的:戦わずして勝つ

「謀」の究極の目的は、自軍の損害を最小限に抑えて勝利することにあります。

そのために調略や外交を駆使し、戦う前に優位な状況を作り出すのです。

これは、やはり『孫子』の思想に直結しています。

「戦わずして人の兵を屈するは、善の善なるものなり」

これは「戦いをせずに敵を屈服させるのが、最も優れた策である」という意味です。

毛利元就の戦いの多くは、「謀」によって戦う前に敵を追い詰め、消耗させるプロセスでした。
この哲学こそが、安芸の一地方豪族にすぎなかった毛利氏を、中国地方全域を支配する「謀将」の家系へと押し上げた最大の要因と言えるでしょう。

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毛利元就のコメント
毛利元就のコメント

勝利は戦場の力比べにあらず、事前の「算」にあり。
すなわち、敵を知り、己を知り、周到な計略を積み重ねることこそが、わしが目指した戦の極意。
戦わずして勝つ――これこそが、孫子の教えを受け継いだ我が哲学であった。

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