【武家茶道】上田宗箇流:他流派と決定的に違う「武」の作法と精神性

茶を点てる茶人 戦国時代

茶道といえば、千利休を祖とする「三千家」(表千家・裏千家・武者小路千家)が一般に知られています。

しかし、日本の茶道史にはもう一つの大きな流れ、「武家茶道(ぶけさどう)」が存在します。

その中の一つが、現代まで広島の地で約400年にわたり受け継がれている、「上田宗箇流(うえだそうこりゅう)」です。

流祖である上田宗箇(上田重安)は、豊臣家の家臣として名を馳せた武将であり、千利休、そして茶道の革新者である古田織部に茶の湯を学びました。

戦乱の世を生き抜いた武将の茶は、静謐な三千家の茶とは一線を画し、その作法や精神性に「武士の美学」が深く根付いています。


上田宗箇流の作法:点前に隠された「武」の所作

上田宗箇流の点前(お茶を点てる一連の動作)には、武士の立ち居振る舞いの名残が色濃く残っています。

これらの所作は、ただ美しいだけでなく、いつ敵に襲われても対応できるという戦国武将の「備え」の精神を表現しています。

直線的な動きと凛とした佇まい

上田宗箇流の点前は、曲線的で滑らかな三千家とは異なり、直線的で動きに区切りがあるのが特徴です。

一連の動作は静止と動作がはっきりと分かれており、これが武士らしい凛とした、隙のない美しさを生み出しています。

男女で異なる作法

上田宗箇流の作法は、男性と女性で明確に区別されています。

男性は男性らしく、女性は女性らしく振る舞うことを重んじており、それぞれの凛とした美しさを引き出すことを目的としています。

独自の道具の扱い方

道具の扱い方に、武人としての習慣が残っています。

  • 柄杓(ひしゃく)の扱い: 湯を汲む動作や柄杓を構える動作に、馬上で弓矢をつがえるような動作が残されています。
  • 帛紗(ふくさ)の位置: 帛紗を右の腰につける所作は、左側に刀を差していた武士の習慣に由来します。
  • 茶巾(ちゃきん)のたたみ方: 男性は斜めにたたむ(千鳥茶巾)など、武人らしい独特の作法が見られます。

上田宗箇流の精神性:静寂の中の「動」

上田宗箇の茶道は、利休の「静中の美」と織部の「動中の美」を超え、「宗箇オリジナルの独特の美」を追求しています。

それは、茶室という静寂な空間にいながらも、心の中には戦場を生き抜く武士の気力が満ちている状態、すなわち「静けさの中の力強い躍動感」です。

戦を忘れぬ茶室の構造

上田宗箇流の茶室には、武家茶道ならではの構造が見られます。

  • 茶室に入るための躙口(にじりぐち)の横には、刀掛けが設けられています。

これは、茶室が俗世の戦乱から離れた清らかな場である一方、いつでも戦場に戻る武士の心構えを忘れないための工夫です。

茶の湯を通じて心を浄化し、精神を鍛える場でもありました。

敵中での「無心」の境地

宗箇の精神性を象徴する逸話に、彼の作とされる茶杓「敵がくれ」があります。

大坂夏の陣の最中、敵の急襲を待ち受ける竹藪の中で、宗箇は平然と竹を切り、小刀で茶杓を削り始めました。
あまりにも無心に削っているため、かえって敵兵が怪しんで逃げたといいます。

この逸話は、戦場の極限状態にあっても、茶の湯によって心を平静に保ち、「今を一生懸命生きる」という静心の充実こそが、上田宗箇流の根幹にあることを示しています。

現代の私たちが上田宗箇流を学ぶことは、形式的な作法を覚えるだけでなく、武士が戦乱の中で培った「心の安定」と「集中力」を身につけることにつながるのです。

※この記事に掲載している画像はイメージです。実際の団体、個人、建物、商品などとは異なる場合があります。

上田宗箇流/公益財団法人 上田流和風堂
公式HP:https://www.ueda-soukoryu.com/


侍のコメント
侍のコメント

「武士の美学」を茶の湯に残す流儀、誠に見事である。柄杓の扱い、帛紗の位置にまで武人の備えと魂が宿るとは。
戦場を生き抜く気力を求めた宗箇殿の精神は、現代にも通じる「心の鍛錬」であろう。

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